作成者アーカイブ: 井草八幡宮
六月の生命の言葉
往き還り 足踏むごとに 産土の 神の恵みを 思へ世の人 本田親徳
家路の行き帰り その都度、大地を踏みしめて生活するものとして 大地の神様の恵みを忘れてはならない。
本田親徳(ほんだちかあつ)
明治時代の神道家。
文政五年(一八二二)一月、薩摩国川辺群加世田郷武田村(現鹿児島県南さつま市)の本田主蔵の長男として生まれた。幼少期は漢字と剣術を学ぶ。天保十年(一八三九)十八歳のとき、会沢正志斎(あいざわせいしさい)に入門。会沢門下として和漢を学び同時に平田篤胤の家にも出入りする。天保十四年、狐憑きの少女に出会い憑霊現象を実見。それ以来、霊学研究を始め、神霊を感合する道を求めた。
五月の生命の言葉
天 我が材を生ず 必ず用有り 李白
天が自分と言う人間をこの世に生んだのには必ず用、すなわち使命がある。
李白
杜甫(とほ)と並んで中国を代表する詩人。
七〇一年中国本土からはるか西の土地、砕葉(すいあぷ、現キルギス共和国のトクマク付近)生まれ。中国全域を旅し、「飲むからには一気に三〇〇杯は飲み干さなくては」等「酒仙」とまで呼ばれ酒を愛していたことで知られ、飲酒を礼賛した詩を数多く詠んでいる。
四月の生命の言葉
志を立つ 橋本左内
橋本 左内(はしもと さない)
天保五年(一八三四)三月十一日、現在の福井藩奥外科医(藩医)の長男として生まれる。名は綱紀(つなのり)、通称を左内(さない)とし、号を景岳(けいがく)とされた。
安政六年(一八五九)十月七日、斬首の刑に処せられた。享年二十六。
十五歳の時、偉人英傑の言動や精神を学び『啓発録(けいはつろく)』を著した。その内容は「去稚心(ちしんをさる)」「振気(きをふるう)」「立志(こころざしをたつ)」「勉学(がくにつとむ)」「択交友(こうゆうをえらぶ)」の五つの項目を立てて、少年にして学問を志す者の為に、入門の手引きとして作られた書である。
三月の生命の言葉
備えあれば患えなし 『書経』
『書経』
儒教の経書である『五経』の一つ。
中国神話に登場する尭・舜(ぎょう・しゅん)から秦の穆公(ぼくこう)に至る記録をまとめたもの。古代政治における君主と臣下のやりとりが詳細に記されており、史書としても価値が高い。帝王学の名著であり、我が国でも「昭和」や「平成」など年号の出典として採用されている。
二月の生命の言葉
岩かげに したたり落つる 山の水 大河となりて 野を流れゆく 今上陛下
今上陛下には、平成二十五年五月に山梨県甲州市の笠取山に登られ
東京都水道水源林を御視察になりました。
このお歌は、その折に、多摩川源流となる岩から滴り落ちる一滴一滴の水と
その先の小さな水の流れをご覧になり、その流れゆく先に思いを馳せられて
お詠みになったものです。 (宮内庁ホームページより)
一月の生命の言葉
ふりつもる み雪にたへて いろかへぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 昭和天皇
ふりつもる雪にも耐えて色を変えない松の
なんと雄々しいことか人もこのようにありたいものだ
十二月の生命の言葉
自ら苦労して これを人に頒つ(わかつ) 廣池千九郎
廣池千九郎(ひろいけ ちくろう)
大分県中津市生まれ。教育者、歴史家、法律学者。世界の中で日本の皇室がなぜ連綿と続いているのか、この問いを探求した結果「(皇室の)質の高い道徳の実行にある」と結論を見出し道徳こそが人類の安心・平和・幸福の基礎であると考え、大正十五年に『道徳科学の論文』を完成させ、モラロジーを広く世に提唱した。
十一月の生命の言葉
天地も うごかすばかり 言の葉の まことの道を きはめてしがな 明治天皇
この広大な天地をも
感動させるほどの
歌の言葉にこめる
人の心のまことの道を
深くきわめたいものである。
『明治の聖代』(明治神宮)
正月巫女助勤募集のお知らせ
昨年に引き続き本年も正月巫女助勤の募集を行います。
○募集期間…令和6年10月21日〜令和6年11月20日迄
○申込方法…当社指定の申込用紙を授与所にてお渡ししております。
○申込条件… 令和7年1月1日時点で18才以上の方
指定の用紙に必要事項を記入して、証明写真(6㎝×5㎝)を貼付の上ご来社下さい。尚、面接(5分〜10分程度)が御座いますので、日時は御相談の上、決めさせて頂きます。
※定員になり次第、募集を締め切ります。何卒ご了承ください。
井草八幡宮 社務所
TEL03-3399-8133