松が枝の 直ぐなる心 保ちたし 柳の糸の なべて世の中
大岡 忠相
柳の枝のように世の中はゆらゆら移り変わるが、松の枝のように真っ直ぐな心を持ち続けたい。
名奉行として名高い大岡忠相は江戸幕府の行政官として激職であった。
妥協を重ねなければならない役職ではあるが、譲れない部分は譲れないという覚悟がこの言葉からも読める。
大岡 忠相
一六七七年旗本の家に生まれる。二四歳で家督を継承すると順調に出世を続け、三六歳で伊勢山田奉行に就任。その後普請奉行となり、八代将軍吉宗の時に四一歳という異例の若さで江戸町奉行に登用される。吉宗が着手した「享保の改革」の中心人物の一人として、さまざまな政策に取り組み、江戸の機能を強化した。六〇歳で寺社奉行に就任。七二歳で大名となる。吉宗が没した半年後、七六歳で亡くなる。