七月の命の言葉

「禍福は天にあるにあらず、人の招く所にある」(本多正信)
災難や幸運というものはすべて人が招くものである。現に不運にある人にはやや厳しいが、いま時を得ている人に言えばほめ言葉になろう。

本多正信(ほんだまさのぶ)
1538〜1616(天文7年〜元和2年)戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。本多俊正の子として三河で生まれる。徳川家康の重臣で、江戸幕府の創業期に後の大老・老中に相当する役割を果たした。乱世には参謀として大いに活躍し、治世には幕政を実際に主導した。正信が家臣団に残した言葉。

六月の生命の言葉

「忙中閑あり苦中楽あり死中活あり 壺中天あり意中人あり腹中書あり」安岡正篤
 忙しい時にも心は忙殺されず、苦しい中に本当の楽しみを見出し、身を棄てて こそ浮かぶ瀬もあれ、いかなる境遇にも独自の内面世界を確立し、心には常に 尊敬する人物をもち、腹の中におさめる学問がある。

安岡正篤(やすおかまさひろ)
 1898〜1983(明治31年〜昭和58年)東洋政治哲学・人間学の権威 大阪市に生まれる。東京帝国大学法学部政治学科卒業。政財界、陸海軍関係者 に広く知られ、東洋思想の研究と後進の育成に従事し、財界リーダーの啓発・ 教化につとめた。

五月の生命の言葉

「心こそ心迷わす心なれ、心に心、心ゆるすな」 沢庵宗彭
喜怒哀楽の情に振り回されて、自分自身を見失ってはならない。むしろ己が心の主人となり、自分の心を制御できるように努めねばならない。それが幸福の鍵である。

沢庵宗彭(たくあんそうほう)
1573〜1645(天正元年〜正保二年)江戸時代の臨済宗の僧。書画・詩文に通じ、茶の湯にも親しむ。但馬国出石で生まれる。十歳のときに出石の唱念寺で出家、1594年(文禄三年)、京都大徳寺に入り春屋宗園に師事し、宗彭と改名した。1609年(慶長十四年)三十七歳で大徳寺の第154世住持に出世をしたが、名利を求めず、三日で大徳寺を去り、郷里出石の宗鏡寺に庵を結んだ。
                     東京都神社庁「生命の言葉」より

四月の生命の言葉

「為せば成る為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」上杉鷹山
消極的になって自らの可能性を自分勝手に見限り、いたずらに心の壁を作っていないだろうか。自分の中にある無限の可能性を信じ、失敗を恐れず勇気を奮って進むことである。

上杉鷹山(うえすぎようざん)
一七五一〜一八二二(宝暦元年〜文政五年)江戸時代中期の大名。日向国高鍋藩主・秋月種美の次男として江戸藩邸で生まれる。十歳で出羽国米沢藩第八代藩主・上杉重定の養子となり、一七六八(明和四年)米沢藩主となる。領地返上寸前の米沢藩再生を農政・産業・財政・教育等の施策により藩財政を立て直した。江戸時代屈指の名君として知られている。諱は治憲だが藩主引退後「鷹山」と号した。

三月の生命の言葉

「晴れてよし曇りてもよし富士の山もとの姿は変わらざりけり」山岡鉄舟
山岡鉄舟が、剣の悟りを得たときに詠んだものという。人はとかく自分の幸不幸を周囲の環境のせいにしがちなのだが、本来あるべき自分をただそのままに生きて行けばよいのだ。平常心是道である。

「山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)」
1836〜1888(天保七年〜明治二十一年)武士・幕臣・政治家。剣、禅、書の達人。江戸本所に御蔵奉行、小野朝右衛門高福の四男として生まれる。一刀正伝無刀流の開祖。勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称された。
東京都神社庁「生命の言葉」より

節分祭が行われました。

2月3日に節分祭が執り行われました。当日の天候は大雪であったにもかかわらず、多くの方がお越しになりました。奉祝行事と節分祭が執り行われた後、3時40分頃より神門両脇において「鬼は外、福は内」の掛け声とともに豆撒き式が始まり、小さなお子様からご年配の方までたくさんの人で賑いました。参加された皆さまは季節の変わり目である節分で厄を祓い、新しい一年に期待膨らませて帰られたのではないでしょうか。

二月の行事案内

2月3日 節分祭
立春の前日、冬が終わり春が始まる日に行われる祓えの行事。鬼の侵入を防ぐ日と考えられ「鬼やらい」「追儺(ついな)」とも言われています。元々は中国で始まった行事を宮中が取入れそれから全国に広まったとされています。
節分といえば「鬼は外」の掛け声と共に豆を撒く姿を思い浮かべますが、神社によっては逃げてくる鬼を匿ってやる為に「福は内、鬼は内」と豆撒きをする社もあります。
また民間の風習として「やいかがし」というものがあります。柊(ひいらぎ)の枝にいわしの頭を刺し、戸口に飾り付けることで魔除けの意味があるそうです。
当社では2月3日に節分祭を執り行い、午後3:30頃から境内にて総代世話人による豆撒きが行われます。おもちゃや景品の引換券なども豆と一緒に撒かれますので皆様どうぞお越し下さい。

二月の生命の言葉

「努力する人は希望を語り 怠ける人は不満を語る」井上靖
随筆『わが一期一会』からの言葉。別れや旅情、創作について、さまざまな視点からの独自の人生観がつづられている。

井上靖(いのうえやすし)
一九〇七〜一九九一(明治四十年〜平成三年)小説家・詩人。北海道旭川に軍医・井上隼雄の長男として生まれる。静岡県伊豆湯ヶ島で育つ。京都帝国大学文学部哲学科卒業、昭和二十五年に第二十二回芥川賞受賞、昭和五十一年文化勲章受賞。著書に『闘牛』『あすなろ物語』『天平の甍』『敦煌』等がある。
東京都神社庁「生命の言葉」より

一月の生命の言葉

「天地の中にみちたる草木まで 神の姿と見つつ恐れよ」吉田兼邦
この世の森羅万象すべて、命あるものの中には神が宿っている。自然というものは、人間の力の及ばない尊いものである。人は謙虚な心を持って自然と共に生きて行かねばならない。

吉田兼邦(よしだかねくに)
生没年不詳。室町時代後期の神道家・歌人。吉田卜部氏。兼名の子、兄弟に吉田神道の祖・吉田兼倶がいる。著書に『神道百歌抄』・『神祇正宗』がある。
東京都神社庁「生命の言葉」より

平成20年1月の行事案内

本年も残すところあと僅かとなって参りました。皆さまはどのような一年を過ごされたでしょうか? 本年も氏子の皆さまの敬神と御奉賛により、神事・行事ともに滞りなく斎行して参りました。ここに篤く御礼申し上げます。                  さて、新しい年の干支は一回りして”子”です。物事の新たな始まりを意味するそうです。心を新たに実り多き一年になりますことをご祈念致します。それでは良いお年をお迎え下さい。

○ 1月の行事

初詣
初詣は氏神さまや恵方の神さまに新しい一年が平穏無事に過ごせるよう祈念します。古くは“除夜”という言葉があるように大晦日から元日の未明にかけて夜通しで年神さまをお迎えして新しい年を迎える習慣がありました。今日では様々な風習が入り混じったこともあり、深夜0時より神社参拝するのが広く定着してるようです。氏神さまにお参りし清々しい気持ちで新年を迎えましょう。

初詣期間の臨時駐車場
1月1〜4日の間、当社に隣接している青梅街道沿いのコジマサミットさんの駐車場を臨時駐車場としてお借りしております。参拝者の方々にご利用いただけますようご協力頂いてます。駐車台数に限りがございますのでお車での参拝はできるだけご遠慮下さい。

1日歳旦祭
年始を祝うお祭で、皇室の繁栄と五穀豊穣と国民の加護を祈念します。零時の時報に合わせ太鼓を打ち、祭典を執り行います。

1〜3日 文華殿公開
当社に伝来する宝物や今日境内付近で出土した土器石器類、武具・奉納額などを収蔵展示しています。

20日 御太鼓打ち初め
井草八幡宮太鼓講の打ち初めを行います。

○ お焚き上げについて
年末より1月15日?まで境内にお焚き上げする古神符御守などを納める仮設テントを設置いたします。諸注意として、ビニールやプラスチックなどは取り除きお持ちになった際の袋や包装紙はお持ち帰り下さい。近年取り沙汰される環境問題に配慮して伝統的な神事を末永く執り行うためにも皆さまのご協力をお願いたします。